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私の男 [映画]

生きるとはなんだろう?
大人はよく喋る。泣いてみせる。よい人間であろうとする。それをひとに見せつけたい。社会に属することを確かめたい。それが生きるということなのだ。
まだ少女だった女は、抱えていた水のペットボトルの口を男が開けてみせても、飲もうとはしなかった。
水を飲むように促されて、水を飲むが社会に属する者だ。水を飲みたいかに関係無く、社会に属するために水を飲む。
女はそれをしなかった。女にとって、それが生きるということだった。

男は女の前で、女の母を「すきだった」と言った。なぜ、すきだったと言えたのか?
男にとって、女の母は最後まで男の母だったのだろう。男は母に対するしかたで女の母を愛した。
だから、男は女の父になろうと思ったのだろう。女の母が男にしたように、父として女を愛そうとしたのだろう。

女にとって男が世界のすべてだったのだ。男も女にとって、そうであろうとした。
社会に属する者は、女が男を愛したようには他の誰かを愛することができない。それが世界のすべてではないからだ。だから女は社会に属する者よりも、自分の方が純粋だと信じられたのだ。

男は人を殺したことで、強い社会の引力によって女から引き剥がされてしまう。
男が「おまえには無理だよ」と口走るようになるのは、自分にも無理なのだと知ったからだ。
女はそれから、男の考えることが分からなくなった。女は死体を見て泣いたのではなく、死体の前で泣き崩れる男を見て泣いたのだ。そのとき、死体を片付けたのは女だったに違いない。

「自分は悪くない」と、女は何度も自分に問うて、確かめる。
だから、女は善悪を知っている。この物語は善悪を問うている。
社会に属する者は善悪を知っているだろうか?社会に属そうとすることは、善悪ではなく損得ではないだろうか?社会に属する者は、それを善悪と言い換えてないだろうか?その嘘を多数決でごまかしてはいないだろうか?
善悪は多数決で決めることはできない。社会に属する者はそこでもまたひとつ嘘をつくのだ。

女は悪くないのだ。社会に属する者たちが誤っているのだ。
その可能性を試すことができないのなら、わたしは損得で社会に属するだけの者だ。
善悪を知る者の良心とは何か。

熊切和嘉「私の男」(浅野忠信・二階堂ふみ)
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清洲会議 [映画]

本能寺の変後、天下の趨勢を決めた清洲会議。三谷幸喜得意の密室群像劇として描いている。

役所広司の柴田勝家は無骨で実直だが、気を利かせようとすると全部ピントがずれた行動になる。小日向文世の丹羽長秀はインテリ風の真面目な知恵者だが、現実はどうも思うように運ばない。佐藤浩市の池田恒興は自分の立場をはっきりさせないエリート。他人に媚びる素振りは見せないが、大多数に付き利に転ぶことがばれている。
いずれも頼りにならない人物だが、悪い人間ではない。

唯一、裏表のある羽柴秀吉が悪人的で、こういう人物に人気が集まるのは大衆の弱さ、愚かさを表わしているようでもある。
しかし、大泉洋が演じることで物語が陰湿にならずに済んでいる。

女性陣は一癖も二癖もあり、良妻賢母であったり女神的であったり男性が理想化した女性は登場しない。
また、砂浜での旗取り合戦のばかばかしさは底が抜けている。

家来が集まり過ぎて部屋が足りず、前田利家、佐々成正ら重臣が狭い部屋でザコ寝する場面がある。
この物語の登場人物たちの間に働く引力を象徴的に表わした場面だと思う。
織田家が全国規模に拡張し、登場人物たちも出世して社会的ステータスを備えた立場になったわけだが、かつては清洲城という狭い場所に身を寄せ合い暮らしていた。
その肌が触れあうような濃密な人間関係の記憶が、会議という平和な手段に彼らを引き寄せ、それを破綻させないための柔らかな求心力になっている。
「お家のため」や「国家のため」といった身体感覚から切り離された揮発性の高い封建的価値観では、それはできないのである。

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今年こそフェスデビュー!したいなら、このCDを聞いておけ [音楽]

最近、忙しさにかまけて音楽を聴かなくなったという人も多いのでは?気がつけばヒットチャートはアイドルばかり。一方、ロックバンドの多くはフェスやライブに活動の軸足を移していて、ロックフェスは数万人規模のものが乱立する人気ぶりらしい。
今年こそ一念発起してロックフェスデビューしたい!でも、最近のアーティストや曲ってどんな感じなの? そんな人のためにフェスデビュー前に聴いておくべきCDをロックフェスの先輩に聞いた。

「最近のロックバンドはライブが活動の中心でビジネス的には一部の熱烈なファンに支えられていますが、音楽自体は閉じた少数のファンに向けられているわけではなく、より多くの人に聞いて欲しいと思う曲がたくさんあります。」
と言うのはロック好き編集者、鈴木エミリさん。「フェスによく出る日本のロックアーティストのアルバム」という条件で5枚のCDを選んでもらった。

鈴木エミリさんのオススメCDベスト5
1.『21st CENTURY ROCK BAND
 ストレイテナー/UNIVERSAL MUSIC/¥3086(税込)
2.『吹き零れる程のI、哀、愛
 クリープハイプ/Getting Better /¥2880(税込)
3.『My Lost City
 cero/カクバリズム/¥2571(税込)
4.『珍文完聞 -Chin Bung Kan Bung-
 the SALOVERS/UNIVERSAL MUSIC/¥2800(税込)
5.『stereochrome
 She Her Her Hers/MAGNIPH /¥2592(税込)

「実験的でなく難解すぎでなく、メロディーがあって一緒に歌える、ビギナーにもとっつきやすいアーティストを選びました。最終的にはわたしのゴリ押しですが(笑)。」
1位に選んだのは、4人編成のオルタナティブ・ロックバンド、ストレイテナーのベスト盤『21st CENTURY ROCK BAND』。デビュー10周年を記念して昨年リリースした。
「ギターロックが好きな人で知らない人はいないバンド。アジアンカンフージェネレーションが好きな人もハマると思います。オリジナルアルバムを1枚選ぶのは無理でした。」

フェスデビューに向けてのアドバイスは?
「フェスは複数のステージがあるので、迷ったときに好きでもない有名アーティストのステージに行ってしまいがち。紹介したアーティストはファンの雰囲気も含めてとてもいいので、名前を見つけたらぜひ行ってみてください。一聴の価値アリです。」

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2014NBAプレイオフ・プレビュー(ウエスタン・カンファレンス編) [NBA]

現地4月19日(日本時間20日)から始まる2014NBAプレイオフをプレビュー。
ウエスタン・カンファレンスは6割近い勝率をあげなければプレイオフに進めないハイレベルな争い。上位6チームにファイナル進出のチャンスがあると言ってもいい大混戦だ。

概況
ハイレベルな争いの中でも第1シードを獲得したサンアントニオ・スパーズが頭ひとつ抜けているように見える。ベンチの層が厚く、主力のプレイタイムを制限しながら安定した成績をあげた。しかし、プレイオフ進出チームとの直接対決ではそれほど分がよくない。特にオクラホマシティ、ヒューストンには全敗でファイナル進出に死角はある。

オクラホマシティはMVP獲得がほぼ確実のケビン・デュラントを中心に一昨年のファイナル進出時よりも若いチームが成長している。爆発力はあるが時としてコントロールを失うラッセル・ウエストブルックの起用法が鍵になる。

ロサンゼルス・クリッパーズはドック・リバースのもとでディフェンス力が成長。ヒューストンは爆発力のあり、はまれば手がつけれらなくなる。ポートランドは後半戦で調子を落としたが、オルドリッジが戻り準備は整っている。シーズン前半のような戦いを取り戻せば手強い。ゴールデンステイトはスプラッシュ・ブラザーズだけでなく、すべてのポジションに選手が揃っており、第6シード以上の実力がある。昨季のようにプレイオフを勝ち進んでもフロックではない。

1サンアントニオ-ダラス8
4ヒューストン-ポートランド5
3LAクリッパーズ-ゴールデンステイト6
2オクラホマシティ-メンフィス7

【本命】オクラホマシティ・サンダー
一昨年、ファイナルに進出したようにチームとしての実力は非常に高く、毎年、向上している。ケビン・デュラントはレブロン同様、ひとりの存在だけでチームを優勝候補にあげてよいレベルに到達しようとしている。

デュラントは長身でスピードがありリリースも速く、シュートを放つのに必要なスペースを簡単に作り出すことができる。そして、あらゆるレンジのシュートのスキルが非常に高い。
大量点をあげるだけなく、クラッチタイムのプレイの精度が非常に高くなったのが今季の成長のポイント。ロースコアの接戦が多くなるプレイオフでは、その能力の重要性がさらに高まるはずだ。

優勝のための鍵になるのはラッセル・ウエストブルックだろう。得点力の非常に高いポイントガードだが、ときにコントロールを失うため、チームにとっては両刃の剣となる。
昨季の敗退はプレイオフ中にウエストブルックを失ったためと言っていい。一方、今季は怪我で不在の間、チームは好調で復帰後はフィットに時間がかかりチームは調子落とした。
しかし、ハイレベルなウエスタン・カンファレンスのプレイオフを勝ち抜くためにはウエストブルックの活躍が不可欠。時間帯によってはSGとして起用するなど、起用法も重要になる。

【対抗】ロサンゼルス・クリッパーズ
ドック・リバースがヘッドコーチに就任し、確実にディフェンスが向上した。ゲームのテンポが非常に速いため失点が多くなっているが、ポゼッションあたりに換算すればリーグでも上位の守備力を誇る。

また、ブレイク・グリフィンの成長も大きい。
従来、速攻からのダンクで得点の大部分をあげていたため、ハーフコートゲームが増え守備の厳しくなるプレイオフではまったく活躍できなかった。
しかし、年々、ローポストゲームとミドルレンジのシュートが向上しており、プレイオフのゲームスタイルにもフィットすることが期待できる。

クリス・ポールは誰もが認めるリーグNO.1ポイントガードでゲームのコントロールに長けるだけでなく、クラッチタイムの勝負強さにも定評がある。ハーフコートゲームの多くなるプレイオフではアップテンポなゲームを好むクリッパーズは不利だが、ポールがゲームのテンポをコントロールすることで十分、アジャストできるはずだ。

1回戦のゴールデンステイト戦はおそらく東西両カンファレンスを通じて、もっともタフな1回戦シリーズだろう。ここを勝ち抜いても、サンダー、続いてスパーズとの対戦が予想される。
しかし、そこを勝ち抜くだけの実力は十分に備わってきている。

【サプライズ】ヒューストン・ロケッツ
ロケッツはシーズン終盤、調子をあげてきた。攻撃ではジェイムス・ハーデン、守備ではドワイト・ハワードがリードする。ジェレミー・リンがベンチから出てくる層の厚さも強みだ。
いずれの選手も爆発力があり、ツボにはまればアベレージ以上のスタッツを連発することも期待できる。

セミファイナルで対戦するサンアントニオに対しては今季全勝と相性がいい。
すべての時間帯でコンスタントにプレイできるのがサンアントニオの強みだが、ヒューストンのように個で突破できる選手を複数コートに置かれるとディフェンスの焦点を絞りにくくなる。
また、サンアントニオはインサイドゲームにやや弱点があり、ハワードがリバウンドを支配すればヒューストンがゲームの主導権を握ることが可能になる。
レギュラーシーズンを圧倒的な成績で勝ち抜いたサンアントニオに苦杯をなめさせる可能性は十分にある。

【ディサポイント】サンアントニオ・スパーズ
昨季、ファイナルを第7戦まで戦って敗れたスパーズは、今季、リーグ最高の成績でレギュラーシーズンを勝ち抜き、ファイナルまでのホームコートアドバンテージを手に入れた。
ロールプレイヤーを育てるのが上手いのがこのチームの特徴で、ベンチの層が厚く、誰がコートに入っても、すべての時間帯で安定して戦うことができる。
そして、ダンカン、ジノビリ、パーカーといった主力のベテランの疲労を残さないために、プレイタイムを制限しながら、レギュラーシーズンを勝ち抜くことに成功した。

しかし、サンアントニオにも死角はある。
まず、西地区の上位チームとの直接対決の成績が異常に悪いということだ。弱いチームには取りこぼしをしないが、強いチームに対しては決して圧倒的に優位というわけではない。
強豪だけの直接対決となるプレイオフでは厳しい戦いを強いられる。特に対戦が予想されるヒューストン、オクラホマシティに対しては今季、勝利が無い。

おそらくクラッチタイムのプレイの質に問題がある。
コンスタントなゲームをして試合終盤まで相手をふるい落としてしまえば問題ないが、試合終盤まで接戦に持ち込まれると、そこからの勝負強さに不安がある。
昨季のファイナルでも6戦以降、自慢のシューター陣が完全に沈黙してしまった。
試合終盤、勝負強さを発揮するダンカン、ジノビリは昨年よりひとつ歳を取った。
そして、現在、もっとも頼りになる選手であるトニー・パーカーは今季も故障を抱えながらプレイしている。

サンアントニオにとって成功はチャンピオンリングを獲得すること意外にないが、ファイナルにたどり着く前に敗退する可能性は大いにある。
タグ:バスケ NBA
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2014NBAプレイオフ・プレビュー(イースタン・カンファレンス編) [NBA]

現地4月19日(日本時間20日)から始まる2014NBAプレイオフをプレビュー。
イースタン・カンファレンスはレギュラーシーズンの成績からはマイアミ、インディアナの2強に見えるが、実際には波乱の予感を大いにはらんでいる。

概況
最大の関心事は「マイアミ・ヒートはスリーピートを達成できるか」ということ。しかし、過去の3連覇挑戦チームと比べても状況は楽観的ではない。昨季に続いてウェイドは故障を抱えており、特筆すべき新戦力は無し。ベテランの多いベンチはまたひとつ歳を取った。

昨季、マイアミをゲーム7まで追い詰めたインディアナ・ペイサーズは悲願だったマイアミに対するホームコートアドバンテージを獲得。しかし、オールスター後、調子を崩している。優勝経験の無い若いチームにとっては不安要素でしかない。

一方、トロント、シカゴ、ブルックリンの3チームはオールスター後の成績だけ見れば2強を上回っており、セミファイナル以降の番狂わせが期待できる。

1インディアナ-アトランタ8
4シカゴ-ワシントン5
3トロント-ブルックリン6
2マイアミ-シャーロット7

【本命】マイアミ・ヒート
レブロン・ジェームズがいる限り、マイアミが優勝候補の筆頭であることは動かしがたい。

しかし、鍵となるのはドウェイン・ウェイドの健康だろう。昨季もウェイドが万全であれば、インディアナ、サンアントニオに対してもっとアドバンテージを持って戦えたはずだ。しかし、今季も脚に不安を抱えたシーズンを過ごしている。
ウェイドが有効でなければ、ペイント内に切れ込んでプレイをクリエイトできる選手がレブロンだけとなってしまい、強固なディフェンスを誇るチームにとっては守りやすくなってしまう。

今季、ボッシュの3点シュートの試投数が増えていることは、フロアを広く使うオフェンスを志向するマイアミにとっては大きな武器になる。しかし、アレン、バティエを含むシューター陣を有効に使うためにもペネトレイトのできる選手が必要になる。その意味でも、ウェイドの存在感が大きな鍵になるだろう。

【対抗】シカゴ・ブルズ
リーグ1のディフェンス力を誇るシカゴはどのチームに対しても脅威になり得る。守備を中心にゲームのテンポを落とした展開もプレイオフ向きであり、バスケットを変える必要がない。

ノア、ブーザーのインサイドコンビはローポストでもハイポストでもプレイできパスもうまい。スモールラインナップが主流になりつつあるリーグの潮流から見ると古典的だが、そのためにかえって他のチームにとっては守りづらくなっている。

セミファイナルではインディアナとの対戦が予想される。守備が強く、典型的なPFを置くよく似たチーム同士だが、外角の攻撃力ではインディアナに分がある。しかし、インディアナはオールスター以降、調子を落としており、経験で上回りソリッドなバスケットをするシカゴが押し切る可能性は高い。

カンファレンス・ファイナルではマイアミとの対戦が予想されるが、インサイドに弱点がありリバウンドに難があるマイアミにとってはシカゴはもっとも戦いにくい相手になるだろう。

【サプライズ】ブルックリン・ネッツ
オールスターを4人並べるネッツは1月以降ケミストリーが整い調子をあげてきた。レギュラーシーズンの成績がもっともあてにならないチームだろう。

好調の鍵はスプレッド4のポジションに入ったベテラン、ポール・ピアースだろう。中でも外でも得点できパスがうまく、守備とリバウンドにも献身的だ。さらにリーグ屈指のクラッチシューターでもある。

若く勢いのあるトロントを沈める必要があるが、セミファイナルでの対戦が予想されるマイアミに対してはシーズン無敗と相性がいい。
両チームともスモールラインナップを採用し、フロアを広く使ったオフェンスを志向する。さらにその代償としてリバウンドに弱点を抱えるのも同じだ。しかし、どこからでもオフェンスを始められるブルックリンの方がこのオフェンススタイルの成熟度が高い。プレイオフでもマイアミを大いに苦しめるだろう。さらに、ピアースをレブロンを止めるための“捨て駒”として使うことができるのも大きい。

今季、キャリア最低のシーズンを送っているケビン・ガーネットが短い時間でも有効な活躍をすることができれば、大きなサプライズを起こすことができるだろう。

【ディサポイント】インディアナ・ペイサーズ
前半戦、絶好調だったペイサーズだが、オールスター後は調子を大きく落としている。プレイオフの経験が豊富なベテランチームであれば、ポストシーズンに備えて調整することもありえるが、若く勢いのあるはずのインディアナの不調は不可解だ。

強固な守備を誇り、中でも外でもバランスよく得点できる。ポール・ジョージもリーダーとして成熟してきた。東地区内のホームコートアドバンテージを獲得したことでマイアミを倒す条件は揃っているように思える。
考えられる不調の原因はケミストリーの崩壊しかない。特に若い選手の多いインディアナにとっては、この状況を立て直すことは難しい課題になるだろう。
カンファレンスファイナルでマイアミと対戦する前に姿を消すことも十分ありえる。
タグ:NBA バスケ

LIFE! 父性と母性 それからポートランド [映画]

「LIFE!」
監督・主演 ベン・スティラー
脚本 スティーブ・コンラッド

雑誌のネガ管理部で働く夢をあきらめた中年男が冒険を経て成長していく、というありきたりなプロット。しかし、実際にあったメディアの買収・合理化を背景に置くことで彼の冒険に深みを与えている。つまり、それによって彼の冒険は、彼個人、または一企業といったドメスティックなもののためだけでなくでなく、より普遍的なものを守るための戦いへと昇華させらている。
メディアをことさらに特別なものに仕立てるつもりはない。しかし、経済活動の合理化が生産部門から管理部門へ、そして言葉、無形なものに及んできたときに、やがては経済活動の枠を超えて人間性の領域にまで及ぶのではないかというばくぜんとした危機を感じる。SNSの時代がもたらした「言葉の規格化」の薄気味悪さと、おそらく、同種のものなのだろう。
雑誌のタイトルが「LIFE」であるのも、浸食されようとしているメディアの領域の先にあるのが人間性であることの暗喩だと思う。

リストラを進める変なヒゲの金融屋と、大袈裟なジェスチャーでスピーチするコンサル(セミナーで習ったのだろう。途中で止めると最初からしかやり直せないのがウケる)の薄っぺらさは世界共通で笑える。

日本で同じテーマを扱えば、「長年、真面目にコツコツ勤めたのに」という滅私奉公を裏切られた恨みがにじみ出て、内向きの重く湿った感情的な話になり、主人公の無能さがより際立ってしまう。
一方、本作では「LIFEのスローガン」という理想が忠誠心の拠り所となっており、視線が外に開いており乾いていて論理的だ。

つまり、これは父性の物語で、それが成長の源なのだ。
父性とは言葉、論理、個を分化する力である。ニーチェが死んだと言った神も父であった。
「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」も「父」を捜す物語だった。
父性を中心としたキリスト教的価値観が過度に合理的な非人間的社会を招いたとも言える。それが象徴的に表われたのが、9.11であったかもしれない。あるいは、そうした極端な事件を取り上げなくても現代社会はそうした非人間的な合理に溢れている。
しかし、そこから人間を救い出すのも、また父性なのである。
これは、父を見失った者が、また父を捜す物語なのだ。その意味ではとてもアメリカ的であるともいえる。

日本であれば、無能をも無条件で包み込む母性的な愛に埋没してしまう。そこに成長はなく、最後は「気合いでがんばろう」で解決しようとする。論理でなく感情である。
この島々を覆う湿り気はモンスーン気候のためでなく、そうした言語化以前の不条理なものが溢れ出したためであるかもしれない。

物語の中で、具象化した父として登場し主人公を導く存在となるのが、ショーン・ペン扮する写真家である。
しかし、彼はすべてを知っているのだろうか?主人公の存在はデザインされたものであるのか?父とは世界のすべてをつくり、支配する全知全能の存在であるのか?それとも、そうではないのか。
ベン・スティラーは「人生は喜劇だ」と言いたいに違いない。その世界観はすがすがしいほど軽やかだ。

日本版の予告編がつまらなそうに見えるのは、母性的な「共感」に訴えているからに違いない。背景に「ボヘミアン・ラプソディ」が流れるが、これも「母に対する歌」だ。本編にこの曲は流れない。明らかなミスリードだ。

夕方は、「ポートランド対マイルドヤンキー談義」になった。これも父性と母性の話。未分化な個を無条件に包み込む言語化以前の共同体は個の成長を促すことはない。言葉、論理、個を分化する力、しかし、それは共同体を引き裂くものではないのだ。とかなんとか。

http://www.foxmovies.jp/life/
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